精神科医Dr.Chikaの音楽と認知症

楽曲制作と認知症音楽療法に取り組んでおります。文章を書くのはあまり得意な方ではないため、読みづらい箇所もあるかと存じますが、ご容赦いただければ幸いです。

【音楽と認知症】認知症専門老人保健施設における認知症重症者への個別音楽聴取の取り組み

今回は、私が認知症専門老人保健施設で実施をしている個別音楽聴取(Personalized Music Listening:PML)について、ご紹介をさせていただきます。


Dr.Chikaの『音楽と認知症』パーソナルソングが認知症患者の心を呼び覚ます

 

 

認知症専門老人保健施設の様子

私は認知症専門の老人保健施設に勤務していますが、そこでは介護を必要とする認知症やその他の精神疾患をもつ高齢者の方々が100名近く入所されています。

そのうち半数ほどの方が、認知症の重症者です。

認知症は重症になると、記憶障害が顕著になるだけでなく、日時や場所や人の認識ができず、話す言葉も限られてきます。人によっては、徘徊を続けたり、怒りっぽくなったり、昼夜逆転となったりします。また更に進行すると、身体の機能も低下し、歩行ができなくなったり、嚥下機能が落ちて食事を飲み込めなくなることが多くあります。

施設の本来の目的はリハビリを行うことですが、そもそもリハビリを行うことができない、重症・末期のご状態の方が多数入所されています。

 

認知症の方の余生への思い

施設では、利用者さんの毎日の生活の場をサポートします。朝起きてから就寝まで、数ヶ月間以上の期間、多くの時間を一緒に過ごさせていただきます。

私は認知症の方々と日々を共にしているうちに、認知症の利用者さん一人一人が個性あるとてもかわいらしい存在として親しみを感じるようになり、利用者さんに残りの人生の時間を、できるだけ有意義に過ごして欲しい、と思うようになりました。

利用者さんのこれまでの生活背景は様々です。定年まで仕事をしていたという方もいれば、若い頃から精神疾患を患い療養生活を送り、認知症も合併したという方もいます。

家族背景も様々で、ご家族に大事にされている方ももちろんいらっしゃいますが、精神科専門の施設の特性上、身寄りがない方も多くいらっしゃいます。

また入所の経緯も様々ですが、認知症の症状のためにご家族とのトラブルが起こってしまい、入所に至る方もとても多いです。

認知症という病気が正しく理解されないために、認知症の方の最後が悲しい終わり方をしてしまうことは、大変残念なことだと思います。

「終わりよければ、全てよし」は言い過ぎかもしれませんが、認知症の方々に「終わりが気の毒な」人生になって欲しくないと思います。

 

介護の負担

入所されている方の中には、ご家族が介護に疲弊しているケースも多くあります。ご家族の方が認知症という病気を正しく理解されないまま、認知症の方の言動に振り回されてしまいトラブルが生じてしまうケースもよくあります。介護による疲弊が認知症の方への虐待にもつながり得る現状があることも大きな問題です。

 

認知症薬物療法

認知症には抗認知症薬と言われるお薬がありますが、進行を遅らせる効果が期待される一方、有効性が確立されておらず、重度の認知症の方に投与し続ける事は、副作用や費用の面で、負担が大きい現実があります。

現在の薬物療法は、認知症心理的な症状により、妄想・不眠・暴言等がみられる方に対して、気持ちを和らげたらり、よく眠れるようにしたりする、「対症療法」としてのお薬の使用が中心となります。

 

認知症の現実

認知症にまつわる問題は、大変複雑で、解決策の決め手も存在しないことが現実です。また今後、認知症の高齢者の数は急増していく事が予想されています。2025年には700万人を越えると言われ、65歳以上の5人に1人とされています。

このような中で、介護の負担を減らし、認知症心理的な症状を和らげ、余生を人らしく充実して過ごしていただくことができ、薬の使用による負担も軽減する、そんな解決策となる方法をより多くの人に、簡単に行う事ができたら、上述の様々な問題に対するひとつの決め手となりうるのではないかと思います。

 

心理的な症状へ働きかける、行動療法・レクリエーション・芸術療法

患者数が急増し、介護への疲弊も深刻になっていく状況に対して、どのように対応していったらよいのか、施設でできることを考えてみました。

認知症の患者さんの脳細胞は死滅・減少して、正常な人と比べ、脳が萎縮しています。そのためすぐに忘れてしまったり日時や場所がわからなくなるといった、認知症の方に共通した症状が現れます。(中核症状と言われます。)

しかし、認知症の方ご本人やご家族が最も大変な思いをしている要因は、中核症状ではない場合がほとんどです。

介護抵抗・暴言暴力・感情失禁・幻覚妄想・不眠・抑うつなどの、心理的な症状である「周辺症状」と言われる症状が、認知症の問題をやっかいなものにしているケースが多く見受けられます。

この心理的な「周辺症状」をコントロールする手段の一つが薬物療法ですが、もうひとつの手段として、効果があると報告されているのが、行動療法や感覚への働きかけ、具体的にはレクリエーションや芸術療法になります。

個別音楽聴取(Personalized Music Listenning:PML)とは

芸術のひとつに、音楽があります。音楽への感受性は人それぞれですが、思い出の曲がある人はきっと多いと思います。その思い出の曲をヘッドフォンで集中して聴かせることで、認知症の症状を改善させることができると、米国で研究が行われています。

集団音楽療法の問題点と個別音楽聴取の可能性

通常の音楽療法では、集団で楽器を演奏したり、歌を歌ったりします。集団で行うことで、社会性を向上させるなどのメリットがありますが、以下のような問題点も考えられます。

  1. あくまで集団のレクに参加することができる人を対象としているため、認知症の重症者には施行が難しい
  2. 選曲が限られるため、個人の好みや思い出の曲にあてはまらない人も中にはいる
  3. 昔聴いていた思い出の曲の音源そのものではない
  4. 人員や経費が限られた環境で、頻回に施行する事は難しい。(月に1,2回程度になってしまう。)
  5. 周囲にいる人の反応に影響される
  6. 新型コロナなどの感染症流行期などには継続が難しくなる

 

それらの問題点を踏まえて、

  1. 認知症重症者にもより確実に施行できる
  2. 個々人の嗜好に合わせて個別に選曲する
  3. 昔聴いた音源そのものを聴いていただくことで個人の思い出にアプローチして回想を促す
  4. 人員や経費が限られていても、簡単に施行でき、頻回に行うことができる
  5. 周囲の反応に影響されずに集中して聴くことができる
  6. より確実に継続できる

そんな方法が必要なのではないかと考えます。

個人別音楽聴取はこのような条件を満たすひとつの方法となり得るのではないかと思います。

 

個別音楽聴取(PML)の先行研究とドキュメンタリー映画Alive Inside

米国では、この療法の先駆者であるLinda Gerdnderによってガイドラインが作成されています。

また、Dan Cohenによって設立されたMusic&MemoryというÑPO法人によって多くの施設で実施され、その効果について、「Alive Inside」というドキュメンタリー映画が作成されました。この映画では、家族からの情報をもとに、認知症の重症者の方が昔好きだった曲のリストを個別に作成し、聴いていただきます。その時の反応を見ると、「Alive Inside」というタイトルの通り、思い出の曲にまつわる記憶が蘇るような様子が伺われます。日本でも「パーソナルソング」として公開されたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。 

 


音楽が認知症やアルツハイマー病治療に一石を投じる!映画『パーソナル・ソング』特別映像

 

認知症専門老人保健施設での実践

私が勤務している認知症専門の老人保健施設でも、様々な認知症の症状をもつ方を対象に、2018より実践を始めました。

これまでに認めた普段の様子の変化は以下のようなものがあります。

・大声で暴言を吐いていた方が、歌を歌いながら廊下を歩くようになり、笑顔がみられるようになった

・レクに誘っても参加しなかった方が、自発的に参加するようになった

・日中うとうとしていた方の覚醒時間が増えた

・同じ言葉を繰り返していた方の言葉の数が増え、状況に合った発言をした

中には反応が低い方や音楽を聞くこと自体を拒否してしまう人も中にはいますが、効果が見られる方の割合も、決して少なくはないようです。

 今後も出来るだけ多くの方に、思い出の曲を聴いていただき、その人らしい、充実した時間を過ごせるよう、取り組んで行きたいと思います。

 

以上、認知症重症者への個別音楽聴取について、ご紹介をさせていただきました。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

Dr.Chika

  

drchika.hatenablog.com

 

 *一緒に取り組んでいただいている、作業療法士さんたちとの対話です。


精神科医Dr.Chikaの『認知症シリーズ第4回』~個別音楽聴取(PML)の取組

 


Dr.Chikaの『音楽と認知症』(その5)~パーソナルソングが認知症患者の心を呼び覚ます 【方法解説】 個別音楽聴取・本格始動 対象になるのはどんな人?