【音楽と認知症】認知症重症者への「個別音楽聴取」2018/2019施行結果と学会発表の記録
2018.4月〜11月にかけて、個別音楽聴取の効果判定を目的に、認知症専門老健保健施設での施行を行いました。
4月〜8月までの結果を2018の日本精神科医学会(長野)で、4月〜11月までの結果を2019の精神神経学会(新潟)で発表させていただきました。
2018/2019までの結果と学会で発表させていただいた内容をまとめたいと思います。
Dr.Chikaの『音楽と認知症』パーソナルソングが認知症患者の心を呼び覚ます
日本での認知症への音楽療法の位置づけ
・認知症疾患治療ガイドライン2017でBPSDへの対応は非薬物療法を優先することが原則とされている
音楽療法の分類
受動的音楽療法:音楽を鑑賞する(個別音楽聴取はこちらに分類される)
日本の先行研究
・いずれも集団音楽療法が主に軽度の患者を対象に施行されている
・結果は軽度・中等度患者では有意な症状改善を認め、重度では改善を認めなかったとされている
・ヘッドフォンを介した音楽刺激で好みの音楽での脳波の反応性の増強を認めたり
・幼少期の曲よりも成人期に歌った歌謡曲で肯定的な反応を示す傾向があると報告されている
日本で行われている認知症への音楽療法まとめ
重度認知症患者への積極的な施行は行われていない
個別の介入や受動的な音楽聴取についての研究は不施行であり、検証が必要
米国で行われているPML(Personalized Music Listening)
重度認知症患者への個人別音楽聴取による不穏症状改善が報告されている
Linda Gerdnerの先行研究
・好みの音楽を聴かせることで不穏症状が減少するという実証研究を報告
・リラクゼーションに用いられるクラシック音楽よりも個人的な好みの音楽で症状が有意に改善することを示した
・好みの音楽をヘッドフォンで聴取する「Personalized Music Listening:PMLのガイドラインを作成
施行の目的
・日本で未施行である重度認知症患者へのPMLの施行可能性と有効性の検証
・その再現性や集団聴取、Group Music Listening:GMLとの比較
・他の手段による能動的リハビリ介入を行うことのできない最重症者へのPMLの施行可能性・有効性についての検証
方法
認知症老健の入所者から10名の対象者を選定
様々な周辺症状がみられるリハビリ介入が困難な最重症者(A〜Jさん)を選定
初回施行の方法
・各々に対し1か月ずつPMLを施行
・施行期間前後1ヶ月を含め、職員の協力の下、24時間体制で状態観察を行い症状観察シートに記録
・週1回QOL評価表・BPSDスコア・フェーススケールを用いて評価
再施行・集団聴取の方法
・初回施行後1ヶ月経過後に、入所継続の5名に対し再施行・集団聴取施行
・初回同様に1ヶ月間再施行・その2週間後に集団聴取を同曲目、同頻度で1ヶ月間施行
・観察、評価方法は初回と同様
聴取曲選定
認知症患者の年齢や時代背景などから、成人期に聴いたと思われる歌謡曲を厳選し14曲を事前に選定
個別に好きな曲を聞き取れた場合は事前選定曲に加え、個人別のCDを作成した
施行内容の詳細
・1回15分間・週に3回・全14回ヘッドフォンで聴いていただいた
・音楽療法室またはベッドサイドやフロアにて、複数名同時に施行した
結果
初回個別聴取の結果
(1)QOLスコア:A〜Jさんの10名中、施行期間中に退所した3名(Dさん・Hさん・Jさん)は評価から除外し、7名のグラフを作成・評価した。7例中5例で改善傾向を認め、効果は1週間程で消失した。
(2)BPSDスコア:同様の7例中、2例で改善
(3)フェーススケール:変動は見られるが全体的な改善傾向を認め、効果は1週間程で消失した。
個別聴取再施行・集団聴取の結果
QOLスコア:入所継続のA・F・Gさんへの再施行で、改善傾向再現がみられたが初回より反応性は低下。GMLでは改善傾向は認めなかった
BPSDスコア:同様の3名について、ほぼ不変で、改善例はなかった
フェーススケール:ほぼ不変で初回より反応は低下。GMLともに改善傾向なし。
その他の特記事項
初回PML:認知症以外の精神疾患の合併のある2例で拒否あり。合併のない例は施行可能であり、程度の差はあるが全例で何らかの反応・効果を認めた。不穏の減少・言語能力の改善に特に効果を認め、施行終了後も持続する例があった。
PML再施行:施行中の表情変化・歌唱の反応性が初回より減少した
GML:施行中の表情改善はみられたが歌唱はPMLより減少した
個別事象
・疎通困難な対象者同士で施行時間内外での自発的挨拶や簡単な会話など社会性の向上がみられた
・失語が顕著な例で歌詞の歌唱や発語単語数の増加がみられた
・易怒性を認めた例で施行時間外にも自発的に歌唱がみられ、表情改善・不穏減少を認めた
考察
施行可能性について
・能動的リハビリ介入が困難な最重症者へ施行可能であった
有効性について
・不穏減少や言語能力の改善に特に有効な可能性が示唆された。
・反応・効果の有無には個人差が大きかった
・終了後1週間程で効果が消失したため持続的な介入が必要と考えられた
効果の再現性について
・QOLスコア改善の再現は可能であったが、初回より反応性は減少
PMLとGMLとの比較について
・集団聴取よりもヘッドフォンを用いた個別聴取による有効性が示唆された
その他
他の音楽療法と比較しても最重症者へ施行可能な点が重要と考える
まとめ
・重度認知症患者10名を対象に個人別音楽聴取を1ヶ月間施行し5名を対象に再施行・集団聴取との比較を行った。
・不穏減少や言語能力の改善への有効性が示唆された
・QOLスコア・フェーススケールの全体的な改善傾向を認めた
・再施行よりも初回で有効、集団聴取よりも個別聴取で有効であった
・日本でのPML施行可能性が確認され、重度認知症患者への非薬物療法としての有効性が示唆された
お読みいただき、どうもありがとうございました。🐈🎧🎵
【音楽療法新聞】 2019年12月〜クリスマス演奏会〜
Beatlesリラックス・メドレーVol.1〜ピアノ・弾き語り・オルゴール・ベルver〜
ヒーリングミュージック制作の一環として、ビートルズの曲からリラックス用に10曲を選んでアレンジしました。
ビートルズは1962年10月に「Love Me Do」でデビューしてから1970年4月の解散までの間にオリジナルアルバム13枚、213曲を発表しました。
この中からたった10曲を選ぶのはあまりに難しいのですが、
・リラックスアレンジに合いそう
・前期・中期・後期からバランスよく
・ジョン・ポール・ジョージの曲をバランスよく
という条件になるべく合致するように選曲し、ピアノバージョンやオルゴール・鐘の音(ついでに弾き語りver.も)で制作しました。
10曲カバーの音源と解説を記録しておきます。
Beatles ビートルズ リラックスベストセレクション|Dr.Chikaのリラックスメドレー
ビートルズ・ピアノ弾き語りメドレー【1】BlackBird/Yesterday/ForNoOne/Strawberry..他全10曲 精神科医Dr.ChikaのBeatles名曲カバー
Beatlesリラックス10曲セレクション:各曲の解説
[1]Michelle「ミッシェル」
1965年発売の6作目のアルバム「ラバー・ソウル」7曲目に収録されています。レノン=マッカートニーの作品でリード・ボーカルはポール。ビートルズの曲で唯一歌詞にフランス語が含まれ、メロディ・ラインもシャンソンに似ているとされます。特にポールの声色は曲によって様々に変化しますが、この曲では強めで太い声で歌っています。
(私が勤務する認知症老健で、布団の横にビートルズの写真を飾っている女性の利用者さんがいます。「何の曲が好きなの?」と聞くと、「ミッシェル」と言っていました。)
[2]Norwegian Wood(This Bird Has Flown)「ノルウェーの森」
こちらも「ラバーソウル」(2曲目)に収録されるレノン=マッカートニーの作品で、リード・ボーカルはジョンです。シタールはジョージが演奏しています。イントロ・アウトロのみ、シタールの音色を入れて編曲してみました。
[3]Black Bird「ブラック・バード」
1968年の「ザ・ビートルズ」(通称ホワイトアルバム・2枚組)の1枚目LPのB面3曲目(CDでは11曲目)の曲です。曲のイメージに合わせて声色を変えるポールが、この曲では脚色をつけない「そのまま」の声で歌います。この曲はアコースティック・ギターの曲ですが、ピアノでカバーしてみました。コード進行が複雑で、一音ごとにコードが切り替わっていきます。コードの流れは音が半音ずつ上がって行き、また下がって行くラインがあります。空を飛ぶことを学んでいるブラック・バードが、飛べそうで、飛べない..でももう飛べそうだ(最後には、きっと飛べた..)という様子をコード進行でも表現しているように感じます。ビートルズの曲では、歌詞の中で、実社会の様々な比喩が使われている場合が多くあります。この曲は、ポールの意図では「黒人女性の人権解放について歌った」ということだそうです。
[4]Strawberry Fields Forever「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」
1967年の14枚目のオリジナル・シングル曲です。「ペニー・レイン」とともに、両A面シングルとなっています。両曲とも、1967年のアルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」に収録されています。「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」はジョンが、「ペニー・レイン」はポールが、故郷のリバプールにまつわる場所を曲にしました。
「ストロベリー・フィールド」は、リバプール郊外にある、戦争孤児院で、現在は閉鎖されています。イントロ部分に使われるフワフワした感じの特徴的な音色の楽器は「メロトロン」と言われる鍵盤楽器でポールが弾いていますが、当時の最新のテクノロジーを取り入れた背景があったそうです。この曲もイントロのみ、メロトロンを意識して音色を変えて編曲してみました。
[5]Something
今回の10曲の中では、唯一ジョージ・ハリスンの作品です。リード・ボーカルもジョージです。ジョージの作品でビートルズのシングルA面となった唯一の曲で、1969年に発表されたビートルズが最後に録音したアルバム「アビイ・ロード」の2曲目に収録されています。ビートルズの中でもジョン・ポールともにこの曲を大変評価しているそうです。ジョージは歌もギターもとても味のある演奏をします。カバーに際しては、味のあるギター・ソロを意識して、ギター・ソロの部分だけはギターの音色で編曲してみました。
[6]Here There And Everywhere
1966年のアルバム「リボルバー」に収録されるポールの曲です。ポールの自信作ともされており、ジョンも「リボルバーの中で一番好きな曲」と語っていたそうです。
[7]If I fell「恋におちたら」
1964年のアルバム「A Hard Day’s Night」(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)に収録される、レノン=マッカートニーの曲です。イントロなしで、ジョンのボーカルで始まり、出だしの部分を除いて、ジョンとボールが2人でハモったり、ユニゾンしたりして歌います。同じ歌詞でハモっていますが、ハモりのラインは2人のメロディが上下に同じように動く訳ではなく、一筋縄ではいかない絶妙さがあります。カバーでは、ハモりのラインをピアノでも強調してみました。
[8]For No One「フォー・ノー・ワン」
Here There And Everywhereと同様に、1966年のアルバム「リボルバー」に収録されるポールの曲です。こちらもジョンが「ポールの曲で一番好きな曲のひとつ」と絶賛するほどの、ポールのセンス溢れる曲ですが、レコーディングはポールとリンゴとフレンチ・ホルンのソロ奏者の3人で行ったそうです。後の「ホワイトアルバム」ではより顕著な特徴となっていきますが、このあたりからも、ビートルズの曲だからといっていつも4人がみんなで演奏しているわけではなく、曲のアレンジに必要がなければ参加しない、曲の音作りやイメージ優先の姿勢が伺えます。アレンジ面ではピアノが全面的に使われ、4分打ちでズン(左手)・チャッ・チャッ・チャー(右手)というコードの弾き方が特徴的です。今回の編曲では、ホルンでのソロ部分のみ、リコーダーの音色で合わせてみました。
[9]And I love Her
If I fell「恋におちたら」同様に、1964年のアルバム「A Hard Day’s Night」(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)に収録される、レノン=マッカートニーの曲です。実質的にはポールの曲で、演奏時もこの曲ではポールが真ん中に立って主役となります。リンゴが叩いているのは、ドラムセットではなく、ボンゴとクラベスです。曲調のバラエティ豊富なビートルズの曲ですが、誰もが知っている曲..となるとやはり「イエスタデー」とか「レット・イット・ビー」「ヘイ・ジュード」など、ポールのバラード系の曲があがることが多いです。この「And I Love Her」は、「イエスタデー」よりももっと前のビートルズ初期の時代に、ポールが書いたバラードです。
[10]Yesterday
最後は言わずと知れた名曲「イエスタデー」です。1965年のアルバム「ヘルプ」に収録されています。この曲は実質はポールが単独でかいた作品で、ポールが夢の中で浮かんだメロディをもとにコードを探り、完成させたそうです。ビートルズのコンサートでも「イエスタデー」は一度他の3人はステージ脇にはけて、ポールがアコースティックギター弾き語りで演奏しています。中後期以降のビートルズの曲はアレンジがより多彩化しますが、「ヘルプ」までは、ライブでも再現可能な、4人のバンドスタイルでの演奏をもとにした曲がほとんどで、この「イエスタデー」で始めて弦楽四重奏を取り入れました。この曲をきっかけに、若者の文化だったビートルズの音楽が、広く一般に評価され受け入れられるようになったと言われています。
リラックスカバーアレンジに際して
これまで書かせていただいたようなビートルズサウンドの魅力の中で、ピアノのカバーアレンジで再現できることはごく一部です。
しかし、たくさんあるビートルズの音楽の魅力でもっとも不可欠なものは何か、考えてみると、素晴らしいアレンジは洗練されたメロディがあって初めて加えられるものであることに気づきます。
そこで、主旋律がよく聞こえるシンプルな流れにしながら、その曲の要となるアレンジはできるだけ再現する形で、鍵盤で可能な範囲で、カバーしてみました。
編曲にあたっては、歌メロを強調するために、主旋律を3オクターブに分けてユニゾンさせ、聞き取りやすくしてみました。また、曲によってはイントロやソロでの特徴的な音色を加えて、再現してみました。
テンポに関しては、曲の雰囲気を保つため、原曲に近い形で再現しています。
そのため選曲に際しては、リラックスのためのテンポということで、ミドルテンポの楽曲の中から、比較的知名度が高いものを選びました。
改めて、ビートルズの曲の核となるメロディを聴いたり、あっさりしたアレンジのBGMとして流したいときなどに、ご活用いただければ幸いです。
【クリスマスBGM】Dr.ChikaのBeatles ビートルズ ベストセレクション・クリスマス・鐘の音バージョン
【眠れる曲・オルゴール・Beatles】精神科医Dr.Chika のビートルズベスト
認知症の方の思い出の曲を探る〜大衆音楽文化の50年の変化〜
最近では聴きたい曲に容易にアプローチできるようになり、認知症の方ご自身では無理でも、介助者がスマートフォンなどで検索して、思い出の曲を聞かせることは可能です。
しかし、思い出の曲がわからない方へ、どの曲を聞かせたらよいのか、認知症老健での個別音楽聴取の施行にあたって、選曲を行った過程を紹介したいと思います。
Dr.Chikaの『音楽と認知症』パート2 パーソナルソング:高齢者の好きな曲
現在、施設に入所している認知症の高齢者の方は70代後半から80代の方がほとんどです。90代の方もいらっしゃいます。今、認知症の方が若い頃は、現代とは文化も音楽的な背景も大きく違います。
大衆音楽文化の変化
近年ポピュラーミュージックは多様化し、共通の認識としての流行曲や、世代の曲、というものは薄れて行っているようです。
音楽の種類とともに個々人の嗜好性の多様化、それに応じて聞きたい曲にすぐにアプローチできるインターネットなどの環境があります。
音楽の媒体もレコードやCDを専用プレーヤーで再生する方法から、現在では曲単位で音楽データを購入・ダウンロードするという形式や、ストリーミングが主流となっているようです。また、音楽以外の文化・消費形態が多様化したことで、そもそも音楽自体に無関心という人の割合も増えたのだそうです。
今の認知症の方が若い頃の時代背景
現在の年齢から遡ると、1950年代、1960年代が現在の認知症患者さんの若い頃の中心となる年代と言えます。
白黒テレビの放送開始は1953年ですが、本格的にテレビが普及したのはもう少し後で1964年の東京オリンピックが契機となり、1967年には白黒テレビの普及台数が2000万台を超え、一家に一台の時代を迎えたそうです。
音楽を吸収する機会は、映画やラジオ、テレビが中心で、メディアや音楽の嗜好が多様化した現代と比べると、多くの人が共通の流行曲を聞いていたと考えられます。
そのため、重度の認知症で思い出の曲を聞き取れない方でも 、現在の年齢から遡って、若い頃に聞いた曲を推測できそうです。
特に60年代後半は大半の高齢者にとって、初めて居間でテレビを観はじめた時期なのではないかと推測できます。
60年代後半の歌謡曲
こちらは60年代後半の歌謡曲のヒット曲を、年ごとに数曲ずつ選んで表にしたものです。
このようなたくさんの曲がある中から、各年1曲を目安に、集団のレクにも使えるような楽しい曲やメロディーの綺麗な10曲を選び、その他に、その他の年代も含めたカラオケの人気曲などを参考にして4曲追加しました。
追加の4曲は(「港町十三番地」、「上を向いて歩こう」「津軽海峡冬景色」、「川の流れのように」)。
事前に選定した14曲に加え、個々人から曲を聞き取れた場合は別途、個別曲としてリストに加えました。
共通曲への反応
選んだ曲を実際に聴いてもらいました。
やはり昔聞いたことがある、という方がほとんどだったようです。ところどころ口ずさんだり、リズムをとったり、無言で聞いていた方にも、「知ってる曲あった?」と聞くと、「あった」と答えていました。聴きながら急に涙ぐむ方もいらっしゃいました。
個別曲への反応
事前に聞き取って個別に用意した思い出の曲への反応は概ね良好でした。他の曲の時は黙って聞いていても、個別曲では口ずさむ方・リズムをとる方もいました。
しかし、もともと音楽が好きな方が、好きだったはずの曲を聞いている場合でも、認知症の症状によって、怒りっぽさや拒否がある場合は、「いつまで聞くんだ」と怒ったり拒否がみられる場合もありました。
【音楽と認知症】認知症専門老人保健施設における認知症重症者への個別音楽聴取の取り組み
今回は、私が認知症専門老人保健施設で実施をしている個別音楽聴取(Personalized Music Listening:PML)について、ご紹介をさせていただきます。
Dr.Chikaの『音楽と認知症』パーソナルソングが認知症患者の心を呼び覚ます
- 認知症専門老人保健施設の様子
- 認知症の方の余生への思い
- 介護の負担
- 認知症の薬物療法
- 認知症の現実
- 心理的な症状へ働きかける、行動療法・レクリエーション・芸術療法
- 個別音楽聴取(Personalized Music Listenning:PML)とは
- 集団音楽療法の問題点と個別音楽聴取の可能性
- 個別音楽聴取(PML)の先行研究とドキュメンタリー映画「Alive Inside」
- 認知症専門老人保健施設での実践
認知症専門老人保健施設の様子
私は認知症専門の老人保健施設に勤務していますが、そこでは介護を必要とする認知症やその他の精神疾患をもつ高齢者の方々が100名近く入所されています。
そのうち半数ほどの方が、認知症の重症者です。
認知症は重症になると、記憶障害が顕著になるだけでなく、日時や場所や人の認識ができず、話す言葉も限られてきます。人によっては、徘徊を続けたり、怒りっぽくなったり、昼夜逆転となったりします。また更に進行すると、身体の機能も低下し、歩行ができなくなったり、嚥下機能が落ちて食事を飲み込めなくなることが多くあります。
施設の本来の目的はリハビリを行うことですが、そもそもリハビリを行うことができない、重症・末期のご状態の方が多数入所されています。
認知症の方の余生への思い
施設では、利用者さんの毎日の生活の場をサポートします。朝起きてから就寝まで、数ヶ月間以上の期間、多くの時間を一緒に過ごさせていただきます。
私は認知症の方々と日々を共にしているうちに、認知症の利用者さん一人一人が個性あるとてもかわいらしい存在として親しみを感じるようになり、利用者さんに残りの人生の時間を、できるだけ有意義に過ごして欲しい、と思うようになりました。
利用者さんのこれまでの生活背景は様々です。定年まで仕事をしていたという方もいれば、若い頃から精神疾患を患い療養生活を送り、認知症も合併したという方もいます。
家族背景も様々で、ご家族に大事にされている方ももちろんいらっしゃいますが、精神科専門の施設の特性上、身寄りがない方も多くいらっしゃいます。
また入所の経緯も様々ですが、認知症の症状のためにご家族とのトラブルが起こってしまい、入所に至る方もとても多いです。
認知症という病気が正しく理解されないために、認知症の方の最後が悲しい終わり方をしてしまうことは、大変残念なことだと思います。
介護の負担
入所されている方の中には、ご家族が介護に疲弊しているケースも多くあります。ご家族の方が認知症という病気を正しく理解されないまま、認知症の方の言動に振り回されてしまいトラブルが生じてしまうケースもよくあります。介護による疲弊が認知症の方への虐待にもつながり得る現状があることも大きな問題です。
認知症の薬物療法
認知症には抗認知症薬と言われるお薬がありますが、進行を遅らせる効果が期待される一方、有効性が確立されておらず、重度の認知症の方に投与し続ける事は、副作用や費用の面で、負担が大きい現実があります。
現在の薬物療法は、認知症の心理的な症状により、妄想・不眠・暴言等がみられる方に対して、気持ちを和らげたらり、よく眠れるようにしたりする、「対症療法」としてのお薬の使用が中心となります。
認知症の現実
認知症にまつわる問題は、大変複雑で、解決策の決め手も存在しないことが現実です。また今後、認知症の高齢者の数は急増していく事が予想されています。2025年には700万人を越えると言われ、65歳以上の5人に1人とされています。
このような中で、介護の負担を減らし、認知症の心理的な症状を和らげ、余生を人らしく充実して過ごしていただくことができ、薬の使用による負担も軽減する、そんな解決策となる方法をより多くの人に、簡単に行う事ができたら、上述の様々な問題に対するひとつの決め手となりうるのではないかと思います。
心理的な症状へ働きかける、行動療法・レクリエーション・芸術療法
患者数が急増し、介護への疲弊も深刻になっていく状況に対して、どのように対応していったらよいのか、施設でできることを考えてみました。
認知症の患者さんの脳細胞は死滅・減少して、正常な人と比べ、脳が萎縮しています。そのためすぐに忘れてしまったり日時や場所がわからなくなるといった、認知症の方に共通した症状が現れます。(中核症状と言われます。)
しかし、認知症の方ご本人やご家族が最も大変な思いをしている要因は、中核症状ではない場合がほとんどです。
介護抵抗・暴言暴力・感情失禁・幻覚妄想・不眠・抑うつなどの、心理的な症状である「周辺症状」と言われる症状が、認知症の問題をやっかいなものにしているケースが多く見受けられます。
この心理的な「周辺症状」をコントロールする手段の一つが薬物療法ですが、もうひとつの手段として、効果があると報告されているのが、行動療法や感覚への働きかけ、具体的にはレクリエーションや芸術療法になります。
個別音楽聴取(Personalized Music Listenning:PML)とは
芸術のひとつに、音楽があります。音楽への感受性は人それぞれですが、思い出の曲がある人はきっと多いと思います。その思い出の曲をヘッドフォンで集中して聴かせることで、認知症の症状を改善させることができると、米国で研究が行われています。
集団音楽療法の問題点と個別音楽聴取の可能性
通常の音楽療法では、集団で楽器を演奏したり、歌を歌ったりします。集団で行うことで、社会性を向上させるなどのメリットがありますが、以下のような問題点も考えられます。
- あくまで集団のレクに参加することができる人を対象としているため、認知症の重症者には施行が難しい
- 選曲が限られるため、個人の好みや思い出の曲にあてはまらない人も中にはいる
- 昔聴いていた思い出の曲の音源そのものではない
- 人員や経費が限られた環境で、頻回に施行する事は難しい。(月に1,2回程度になってしまう。)
- 周囲にいる人の反応に影響される
- 新型コロナなどの感染症流行期などには継続が難しくなる
それらの問題点を踏まえて、
- 認知症重症者にもより確実に施行できる
- 個々人の嗜好に合わせて個別に選曲する
- 昔聴いた音源そのものを聴いていただくことで個人の思い出にアプローチして回想を促す
- 人員や経費が限られていても、簡単に施行でき、頻回に行うことができる
- 周囲の反応に影響されずに集中して聴くことができる
- より確実に継続できる
そんな方法が必要なのではないかと考えます。
個人別音楽聴取はこのような条件を満たすひとつの方法となり得るのではないかと思います。
個別音楽聴取(PML)の先行研究とドキュメンタリー映画「Alive Inside」
米国では、この療法の先駆者であるLinda Gerdnderによってガイドラインが作成されています。
また、Dan Cohenによって設立されたMusic&MemoryというÑPO法人によって多くの施設で実施され、その効果について、「Alive Inside」というドキュメンタリー映画が作成されました。この映画では、家族からの情報をもとに、認知症の重症者の方が昔好きだった曲のリストを個別に作成し、聴いていただきます。その時の反応を見ると、「Alive Inside」というタイトルの通り、思い出の曲にまつわる記憶が蘇るような様子が伺われます。日本でも「パーソナルソング」として公開されたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
音楽が認知症やアルツハイマー病治療に一石を投じる!映画『パーソナル・ソング』特別映像
認知症専門老人保健施設での実践
私が勤務している認知症専門の老人保健施設でも、様々な認知症の症状をもつ方を対象に、2018より実践を始めました。
これまでに認めた普段の様子の変化は以下のようなものがあります。
・大声で暴言を吐いていた方が、歌を歌いながら廊下を歩くようになり、笑顔がみられるようになった
・レクに誘っても参加しなかった方が、自発的に参加するようになった
・日中うとうとしていた方の覚醒時間が増えた
・同じ言葉を繰り返していた方の言葉の数が増え、状況に合った発言をした
中には反応が低い方や音楽を聞くこと自体を拒否してしまう人も中にはいますが、効果が見られる方の割合も、決して少なくはないようです。
今後も出来るだけ多くの方に、思い出の曲を聴いていただき、その人らしい、充実した時間を過ごせるよう、取り組んで行きたいと思います。
以上、認知症重症者への個別音楽聴取について、ご紹介をさせていただきました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Dr.Chika
*一緒に取り組んでいただいている、作業療法士さんたちとの対話です。
精神科医Dr.Chikaの『認知症シリーズ第4回』~個別音楽聴取(PML)の取組
Dr.Chikaの『音楽と認知症』(その5)~パーソナルソングが認知症患者の心を呼び覚ます 【方法解説】 個別音楽聴取・本格始動 対象になるのはどんな人?
【音楽療法新聞】 2019年11月
認知症専門床での個別音楽療法
Dr.Chikaの『音楽と認知症』パーソナルソングが認知症患者の心を呼び覚ます
認知症重症者の方に、個々の思い出の曲をヘッドフォンで聴いていただく、個別音楽聴取。2018年から私が勤務する認知症専門老健でも施行を始めました。
2020.1月からは、作業療法士さんにもご協力をいただき、定期的に施行をして行く予定です。
利用者さんの様々な反応については、動画やこちらのブログなどで、随時ご報告をしていきたいと思います。
集団音楽療法(演奏会)
認知症軽症者の方を対象にした演奏会は、3年半ほど続けており、利用者さんも毎回楽しみにしてくださって嬉しく思います。
地域のボランティアの方も来てくださり、普段、外との交流がない利用者さんたちにとっては貴重な時間となっているように思います。
演奏会の様子はこちらからどうぞ。
精神科医Dr.Chikaの『認知症シリーズ第3回』~集団音楽療法
精神科医Dr.Chikaの『認知症シリーズ番外編ハッピーハロウィン』~集団音楽療法あれこれ